神戸地方裁判所伊丹支部 昭和58年(ワ)67号 判決 1983年12月27日
原告
阪神電気鉄道株式会社
右代表者
久万俊二郎
右訴訟代理人
小長谷國男
今井徹
被告
堀内武治
右訴訟代理人
徳矢卓史
徳矢典子
布施裕
主文
一 被告は原告に対し、別紙債権目録記載の債権の譲渡の意思表示をなし、第三債務者たる大阪市長大島靖(530大阪市北区梅田一丁目三―一―八〇〇号大阪駅前第一ビル、担当係大阪市都市整備局区画整理部換地処分課清算係)に対し右債権譲渡の通知をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
三 請求原因
(一) 原告は、昭和二七年一二月二九日土地区画整理(大阪都市計画事業福島地区復興土地区画整理事業、施行者大阪市長大島靖)中の別紙物件目録記載の土地中の仮換地(以下本件土地という)を、訴外株式会社斎藤商店(以下訴外会社という)に売却した。右訴外会社は、その後斎藤電機株式会社と商号変更された後、本件土地を昭和三三年二月二五日被告に売却した。被告はこれによつて本件土地の所有権を取得し、その移転登記の経由を受け現在に至つている。
(二) ところで、本件区画整理は、昭和五七年九月三〇日換地処分の公告がなされ、施行者から本件土地につき左記のとおり清算金が交付されることとなつた。
記
交付される清算金額 金五三六万〇八〇四円
交付日 昭和五八年三月三一日
清算金確定日 昭和五七年一〇月一日
(三) ところで、右清算金交付請求権は、形式手続上右清算金確定日現在の本件土地の所有名義人である被告に一応帰属し、右金員は同人に対して施行者から支払われることとなる。しかし、右清算金交付請求権は、原・被告間では、当然に原告に帰属するものであり、従つて、被告は原告に対して右請求権を譲渡すべきものである。
何故なら、原告の前記訴外会社への本件土地の売却、さらに前記訴外会社から被告への本件土地の売却にあたつては、いずれの場合も仮換地を売買の目的として代金額が定められている。そして、かかる場合旧地と換地の差額である清算金の交付請求権が一応現所有名義人に属するとされるのはあくまで換地手続上の事務的手続上のものであつて、形式的一般的に正当視されるものにすぎず、実質的相対的には公平の理念上、旧所有者たる原告に帰属すべきものである。従つて、不当利得として被告は原告に対し右請求権を返還すべきなのである。(従つて、本件とは逆に清算金を徴収される場合も売主たる旧所有者がこれを負担することとなる。)以上の趣旨は、最高裁判所第二小法廷昭和三七年一二月二六日判決(民集第一六巻一二号二五四四頁、以下三七年判決という)が明言するところであり、通説でもある。
なお、原告と前記訴外会社間の本件土地の売買契約では第七条に、本件清算金交付請求権が原告に帰属することを念のため明記している。
(四) ところが、被告は原告の再三の申し出にもかかわらず、本件清算金交付請求権の譲渡に応じない。
(五) それ故、原告は請求の趣旨記載のとおり判決を求めるものである。
四 請求原因に対する答弁
(一) 請求原因(一)、(二)、(四)項は認める。同(三)項のうち、清算金が施行者から被告に支払われるべきことは認め、その余は争う。
五 被告の主張
(一) 原告は、不当利得の法理に基き、本件土地の清算金交付請求権が原告に帰属する旨主張するが、被告の右請求権の取得は法律上の原因に基くものであること明らかであるから、これが不当利得であるとの原告主張はその要件を欠き理由がないというべきである。すなわち、
(1) 最高裁判所第二小法廷昭和四八年一二月二一日判決(民集二七巻一一号一六四九頁)によると、土地区画整理事業による換地処分の確定後換地につき売買による所有権の移転があつても、右換地に関する清算金交付請求権は、整理事業施行者に対する関係において、当然にはこれに併つて移転しないものとされており、右判決(以下四八年判決という)によれば、清算金に関する権利義務は、「土地区画整理法一〇三条四項の公告があり、換地についての所有権が確定するとともに、整理事業施行者とそのときにおける換地所有者との間に確定的に発生する」のであるとしているものである。そして、右判決によると、本件のように換地処分が確定する前に土地区画整理事業の施行にかかる土地について権利を有する者の変更があつた場合には清算金に関する権利義務も施行者に対する関係は勿論、当事者間でも実質的に移転するものと考えられるのである。
(2) なお、右四八年判決以前は、換地処分があつても、耕地整理組合が解散するまでは換地も当然整理施行地に該当し、「換地について所有権が移転した場合には、清算金に関する権利義務も、施行者に対する関係は勿論当事者間でも実質的に移転する」と考えられてきており(大審院昭和一五年八月三日判決参照)、行政実務もそのように取り扱つてきていたのである。ところが、四八年判決を契機として行政実務では、換地処分後の土地について所有権又は借地権等の異動があつても施行者に対抗できる特約がない限り清算金の徴収又は交付は換地処分時の権利者に対して行うものとして取扱うことになつており、換地処分前の権利移動については施行者は関知しないものである。
(二) 又、本件では原告と被告の前の所有者である訴外会社との間で右清算金について特約が存するが、被告と前所有者との間では何らの特約も存しないのであるから、原告が売買契約の直接の当事者でない被告に対し清算金交付請求権を主張できるいわれがないものというべきである。
(三) 更に、不当利得返還請求権に基いて清算金交付請求権の債権譲渡を求めることができる根拠も不明である。
(四) 以上の次第であるから原告の本訴請求は理由がないものである。
六 被告の主張に対する反論
被告の前記主張はいずれもその理由を欠き失当である。
(一) 被告は右四八年判決を自己に有利な趣旨のものとして引用するが、それは判旨を誤解しているものである。
すなわち、前記両最高裁の判決は、いずれも本件と同じく仮換地もしくは換地の売買に伴う清算交付金の帰属をめぐる争いにつき判断を示したものであるが、その結論を導く根拠ないし理由は同一であつて、清算交付金なるものの制度趣旨ないし性質からその帰属者を決しているのである。
ところで、被告は、前記四八年判決の「(清算金に関する権利義務は)土地区画整理法一〇三条四項の公告があり、換地についての所有権が確定するとともに、整理事業施行者とそのときにおける換地所有者との間に確定的に発生する」ものであるという部分を引用して、自説の根拠としている。
しかし、判旨の右部分は、換地を売買しても、これに伴つて清算交付金請求権も移転するものでない、という趣旨のものであることが判旨より明らかである。のみならず判旨は、被告が右引用にかかる部分に続き「土地の売買代金は土地自体の価値によつて決せられるのが通常であつて、換地についても同様であるから、後日清算交付金が交付される場合においては、売主は価値の高い従前地の代りに入手した価値の低い換地を安い時価で売渡したのに交付金は買主が取得することになり、また、清算金が徴収される場合においては、買主の損失において売主が不当に利益を受けることとなり、いずれの場合も著しい不公平を生ずるものといわなければならない。」と判示している。すなわち、右判旨は、前述のとおり清算交付金の帰属者は、清算交付金の趣旨ないし性質によつて決められるべきものとしていることが明らかである。
従つて、判旨が被告引用のとおり「そのときの換地所有者との間に確定的に(清算交付金が)発生する」とするのは、単に区画整理手続上のものであつて、売買の当事者間においては必ずしも該当するものではないのである。
売買当事者間においては、前述のとおり清算交付金の趣旨ないし性質から本来これを取得すべき者がこれを取得すべきことは右判旨からいつても当然である。
以上により、本件において、清算交付金(もしくは同請求権)は実質的相対的には原告に帰属すべきものであることが明らかである。何となれば、原告は価値の大なる従前地の所有者であつたところ、価値の小なる仮換地を小さい価格で売却したのであつて、その差額の損害を蒙つているからである。
なお、原告と被告とは直接の売買当事者ではないが、前述したところはその性質上そのまま該当することは言うまでもない。
(二) 又、被告は、原告と被告は直接の売買契約の当事者でないこと、或いは原・被告間に直接債権譲渡契約が締結されていないことをもつて原告に交付金請求権の返還請求権がない旨反論するが、不当利得返還請求権は当事者間に契約関係が存在しなければ成立しえないものでないことその法的性質上当然のことであり、又、原告は本訴において債権譲渡の契約の履行を求めるものではなく、不当利得を根拠としてその返還を求めるものであり、第三者に対する債権が不当利得となる場合には、その返還義務の履行の方法として債権譲渡の意思表示に代わる判決を請求できることは通説、判例の認めるところであり、この点に関する被告主張も理由がないものである。
七 証拠<省略>
理由
一請求原因(一)、(二)、(四)項は当事者間に争いがない。
二そこで、次に本件清算金交付請求権が原告に帰属するべきであるとの原告主張の当否について検討するに、
(一) 一般に、本件のように、土地区画整理中の土地の売買契約において、当事者が換地予定地を売買の目的として代金を定め右土地につき、その後予定どおり換地がなされたような場合には、これに関する清算交付金はこれが買主に帰属するとの特約がない以上売主に帰属するものと解するのが相当である。
何故ならば、右にいう清算交付金は、土地区画整理が実施された場合に生ずる従前土地と具体的にそれに照応する換地との間に生ずる不均衡、不公平(例えば、増換地を得た者はその分利得し、減換地を受けた者は損失を被ることになる)を是正し、その間の公平を計るために、事業施行者は過不足額を利得者から徴収し損失を受けた者に交付する趣旨のものである(土地区画整理法九四条、一一〇条参照)ところ、右のように、売買当事者が換地予定地(土地区画法上の仮換地)を売買の目的として代金を定め、契約を締結した以上、両者の間における売買代金額は価値の低い換地を対象としてその時価をもつて定められたのであつて、これより価値の高い従前地との差益は買主に留保されていたものと解すべきであり、このように解する以上、その後該土地につき予定どおり換地がなされたときに価値の高い従前地と低い換地との差額の補償の趣旨として交付される前記清算交付金がもし買主である換地所有者に取得されるものとすると、元来買主に留保されていた差益分を何ら権利のない(右部分の譲渡を受けていない)買主が取得し、売主は価値の大なる従前の土地を失いながら価値の小なる換地予定地自体の価格で売渡したのであるから清算交付金を受けとらないとその額だけの損失を受けることになり、このような売主の損失において買主が不当に利益を受けることとなり、その結果著しい不公平を生ずることとなり、買主が右の交付金を取得することは不当利得として許されないものというべきである(同旨、原告引用の三七年最高裁判決参照)。又、右法理は、被告が換地所有名義人として区画整理事業者である大阪市長との間で、形式手続上清算交付金受領権者とされていることによつて何ら影響を受けるものでないことは不当利得の理念上当然であり、この点原告所論のとおりである。
(二) ところで、被告は、右の点を争い、この被告主張にそうものとして四八年判決を挙げるが、右判決は、土地区画整理事業者との関係において清算交付金請求権者がいずれであるかの点についての判断を示したものであつて本件とは事案を異にするばかりか、その要旨において三七年判決の趣旨と相容れないものでないこと原告所論のとおりであり、この点に関する被告の右主張は採用に由ないものである。
(三) 次に、本件においては、被告は原告から換地予定地である本件土地を買受けた訴外会社から更にこれを買受けたものであつて、右土地を直接原告から買受け取得したものではないが、このような場合であつても前記のような清算交付金請求権が従前地所有者(原告)に帰属すべきであるとの法理の適用に当つては、何らの妨げとなるものではないというべきである。何故ならば、右法理は、不当利得に基因するものであつて、売買当事者間の売買契約に伴う契約上の権利に基くものでないし、又、被告が前主である訴外会社から価値の小なる換地予定地である本件土地を買受けたにずぎず、価値の大なる従前地との差益額を取得すべきいわれがないのに拘らず、現に換地所有名義人として区画整理事業者から右土地に関する清算交付金を受領する立場にあり、これによつて原告が損害を蒙るものであることは原告からの直接の買主の場合と何ら異るところはないものであるからである。
三してみれば、前認定のように原告が訴外会社に対し、仮換地をその売買の対象として代金を定めて売渡し、これを更に被告が買受け、その際、清算交付金について前示のような特約の存しなかつた(この点弁論の全趣旨によつて認められる)ような本件において被告との間において、本件清算交付金請求権が本来原告に取得さるべきものであつて、これにつき原告が不当利得に基き被告に対し返還請求権を有すること明らかであるというべきである。
四又、被告が第三者(大阪市長)に対して有する本件清算交付金請求権を取得することが原告との関係で不当利得となる場合には、右債権の返還義務の履行方法として債権譲渡の意思表示に代わる判決(民法四一四条二項但書、民事執行法一七三条)を求めることができるものというべきである。
五以上の次第であるから原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (中田忠男)
債権目録
債権者 被告
債務者 大阪市長大島靖(但し、担当係大阪都市整備局区画整理部換地処分課清算係)
債務者の住所 530大阪市北区梅田一丁目三―一―八〇〇号大阪駅前第一ビル
金額 金五、三六〇、八〇四円
支払日 昭和五八年三月三一日
債権の確定日 昭和五七年一〇月一日
債権の内容 別紙物件目録記載の土地に対する換地処分(大阪都市計画事業福島地区復興土地区画整理事業施行者大阪市長大島靖)による清算金の交付請求権
物件目録
(仮換地の表示)
大阪市福島区第三区域(上福島、鷲洲方面)土地区画整理第一二八ブロックの七
土地 一一一坪二合七勺(367.83平方メートル)
(従前地の表示)
大阪市福島区上福島中一丁目三八番二
宅地 一六〇坪(528.92平方メートル)
(換地処分による換地の表示)
大阪市福島区福島五丁目四五番一八
宅地 367.55平方メートル